昭和41年10月28日 朝の御理解



 お道の信心のお題目とも言われる、天地書附ここの所を一心に縋り、願いしていかなければならない。「生神金光大神、天地金乃神一心に願え、おかげは和賀心にあり」とこうあります。ですからどうぞ私の心に和らぎ賀ぶ心、おかげは和賀心にありという、その和らぎ賀ぶ心と書いてあるが、和らぎ賀ぶ心にならせて下さいというて、一心に願っただけで、私は和らぎ賀ぶ心が頂けるとは思われない。
 ですからその事を願わして頂くと同時に、どうぞ和らぎ賀ぶ心を頂かして下さい、と願うなら、和らぎ賀ぶが与えられる心の状態になる為に、私は教えを分からにゃいかん。教えを行じなければいけないと思う。おかげは和賀心にありと仰せられるのですから、自分の心の中に和らぎ賀ぶ心を頂かして頂くために、一心に縋る。どうぞ私の心の中に和らぎ賀ぶ心を頂かして下さいと、願っただけじゃいかん、縋っただけじゃいかん。
 今日は椛目の皆さんは、教えをよくあの神誠、御神誠真の道の心得、これを私読んでみますから、ははあ和らぎ賀ぶ心になれんのは、こういう訳だなと言う事をひとつ分かられるといい。それを一ケ条づつでも自分のものにしていかなければいけないと思うですね。
 一、神国の人に生まれて、神と皇上との大恩知らぬこと。
 一、天の恩を知りて地の恩を知らぬこと。
 一、幼少の時を忘れて親に不幸のこと。
 一、真の道におりながら、真の道をふまぬこと。
 一、我が身の苦難を知りながら、人の身の苦難を知らぬこと。
 一、腹立てば心の鏡のくもること。
 一、わが心の角で、わが身を打つこと。
 一、人の不行状を見て、わが身の不行状になること。
 一、物毎に時節を待たず苦をすること。
 一、まめな時家業をろそかにし、物毎におごること。
 一、信心する人の真の信心なきこと。
 こういうこれは神誠ですね。昔はお月次祭にお参りしますと、必ずこの御神誠というのを、お説教の前に先生方が読まれたもんです。今はこれを読まれませんですね。これに代わる立教神伝というのをお読みになります。だから立教神伝をどう言う様な事から、お道の信心が始められたかという、根本の所の天地の親神様が、教祖の神様へ対して下しておられる所のお言葉です。
 根本的こう言う事にして分かったと、お道の信心が生まれたんだというのが分かっただけで、私は大した事はないと思うですね。金光教の信心はこういう風にして開けたんだ、と言う事よりも、私はやっぱり、お道の信心をさして頂いて、おかげを受けなければならん。それには私只今申しますように、天地書付けにあります様に、お道の信心のおかげの、いわゆる根本になるものは和賀心、今月今日で一心に頼む事は、私の心の中に和らぎ賀ぶ心を頂かして下さいと言う事。
 その和らぎ賀ぶ心を頂かして下さいというて願う。ほんなら願うただけではいけないと言う事。御教えが百八十二ヶ条御座いますけれども、その中に御神誠。こう言う事ではいけんぞと言う事はです、こう言う事では心の中に喜びの心を頂く事はいけんぞというのが、私は御神誠だと思う。ですから只今私があの読まして頂きました中にですね、この一ヶ条ずつでも、それが自分のものになっていきよるかどうかと言う事をですね。例えば天の恩を知りて地の恩を知らぬ事とこう言う。
 昨日大黒様の置物のお供えを頂いた。変わったデザインの俵の上に、大黒様が乗っておる、打出の小槌をこう振っておるわけです。それがですね天を仰いで御座る様な、その感じの大黒様なんですよ。何か上の方からおかげは上の方からばっかり降ってくると言う様な、丁度おかげを下さいと、おかげを願っておられるような大黒様の感じです。私は下の方を見て御座る様な大黒様はないだろうかと私は思う。
 皆さん心掛けといて下さい。大地を見つめて御座ると言った様な大黒様がある時には、ひとつ皆さん、お供えして下さい。皆んなが願う事。これは椛目で矢張りその教会、教会のひとつの特色というのがあるですね矢張り。宗教にも特色があるように、同じ金光教の信心の中にも張り特色がある。ここは私が大体が商売人でしたから。商売人ですからその商売人の人が多いです。
 ここにこれだけお参りなっておられますけれども、矢張り何がなしにみんなお商売をしておられる方がほとんどです。而もその中に矢張りあの金銭のお繰り合せを願いたいという人が殆どを占めてる事です皆んな。それは矢張り私が矢張りそれで難儀をし、それで修業をしそれで而も、私はおかげを受けておると言う事。本当に借金で首が回らずに、それこそ、途端の苦しみを私は感じた。
 そしてそこを一心にお縋りし抜いてから、おかげを頂いたおかげで借金払いが出来た。でけただけではないでけた頃にはです。いうならば神様が私に大黒の徳を、まっ受けよという意味の事を教えて下さる。例えばここの筑後地区で、まあ有名な教会といいや、ま第一甘木の教会、久留米の教会、私共の一番先達である所の九州での、いわゆる桂松平先生と。もう二十年も前だったでしょうかね、私色々とお願いさして頂いた。
 もう愈々難儀の時代でした。神様からああ二十年にはなりませんですね、ここが生まれて十六年ですから十七、八年前の事で御座いましょう。神様がその矢張りその人、その人の特徴とでも申しましょうか。矢張りお互い大きなおかげを頂くためには、大きなどん腹を頂かにゃいかんです。大きな心にならにゃいかんです。大きな腹のいわば信心をさしてもらわにゃいかんです。
 清濁相飲むと言った様な事を申しますけれども、その只清濁相飲むというのが四神様の御教えにもあります様にね。お互いが大海の様な信心をせよとこう仰る。それにお互いがですね、竹の筒に水が溜まった様な信心しか出来んから、中にはボウフラ位なかげしか湧かんと仰る、大海の様な信心をせよと。大海の様な信心をさして頂けば、鯨が住もうがとこう仰る。鯨の住む様なおかげを頂く為に、どうでもおかげ頂かにゃいかん。
 浅い信心じゃじゃつまらん、浅い所に大きな魚が住む筈が無い、深い広いもうあの人はどこまで大きいか分からん、どこまで深いか分からん。そういう信心を頂かなければいかん。信心も手習いも同じ事、一段一段上って行くと言う事は、一段一段深められていかなければいけない。そして大海の様な信心をさして貰い、鯨の様なおかげを頂かなきゃいけない。おかげで借金払いが出来ました。
 おかげで今日はいくら儲かりました、という信心からです。そういうおかげを頂かして頂いたら、そう言う事で難儀をしておる人達が又助かっていけれるような、私はおかげ頂かにゃいかんと思います。そういう意味で只今申しますように、それぞれの教会にそれぞれの特徴がある、桂先生も非常にいわばどん腹の出来たお方であった。非常に信心度胸の坐ったお方であった。
 私は神様からお知らせを頂きましたものにですね。昔のあの侠客親分とこう言われた様な人達、こりゃ仲々度胸があるですね。さっとこうなんか着流しに着た着物の上に何とかどっこの帯というのがありますね。さあっとこう大きな帯をして、そしてぱっとこうどん腹叩いて御座る様な感じの、お知らせを頂いた。はあ桂先生という方はそういう度胸の方だったのだ。
 桂松平が言うた事に間違いがあるか。しっかり信心せい。桂松平がお取り次をさして頂いとるのじゃと言うて、この腹を叩いて見せて下さるような、お取り次のご様子だったらしいですね、私共は存じ上げませんけれども。そういうお方だったらしいです。そして又今度は同じお弟子さんの中にも、なら久留米の石橋松次郎先生のようなお方もおありになった。もうそれこそ大海にというよりも、大空のような信心をなさった方らしいですね。大きな豊かなお方であった。
 ご様子もご立派でしたが、それは私共はよく先生の教えも頂いとりますし、存じ上げとりますがね。矢張り立派な先生でした。それがあの昔その当時ですね、玉錦という横綱がおりましたよ。もう綺麗なもう可愛らしいあの相撲取りでした。もう本当に玉の様な、錦のような内容をもっておられたお方だったと私思います。同じお腹が大きいと言うても、どん腹が大きいというても。玉錦的その美しい錦のようなお心の人。玉の様なお心を持った人。そういう意味でお腹の大きい、どん腹の大きい先生だったと。
 それからやっぱり、これも桂松平先生のお弟子さんで、そのいわゆる筑後現在もう筑後中じゃない、もう日本一と当時云われた甘木の教会がある。甘木の安武松太郎先生も、中々やっぱり大きいお方であった。だからこそあれだけの沢山のお弟子さんが出来られた。とにかくまぁ出社だけでも百からありゃしませんでしょうかね。たいしたもんですね、一生一代の上に沢山な教会が出来たんですね、お弟子さんができられた。私それを御心眼に神様からお知らせ頂きますとですね。
 丁度これは又その久留米の石橋先生とは全然反対のですね、もう実に見苦しい見苦しいというちゃその御無礼ですけれども、丁度あの妊産婦のお腹の大きいような感じです。妊産婦のお腹の大きいのは、ばさらか見よいもんじゃないですもんね。お相撲さんあたりが真裸になって、こうお腹の大きい、太鼓腹をかかえておるのは、何とはなしそれこそ威風堂々としとるけれども。
 妊産婦の方のお腹の大きいのは、本当にこうお腹を抱え、抱えして歩きよんなさるような姿を思うただけでも、まあ幻滅を感ずるような感じがするけれどもです。又、このお腹の大きいのが素晴らしい。ですから甘木の親先生の場合、あんまりその、他の手続き関係からは評判が良くなかったですね。そこの子供そこの信者、そこのお弟子さん方は、もうそれこそ生神様のように申しましたけれど。次々と生みだされて来る所のお弟子さんのためにですね。その場所の選定をしてやらなきゃいけん訳なんですよ。
 家分かれをせにゃいかんのですよ。だもんですからどこっちゃなか、自分の思う所にどんどん出していかれるもんですから、矢張りそのあんまり喜ばなかった方達もある訳なんです。もうとにかく出社つくりの名人だと、言われておられた先生ですから。あんまり見よいものではなかった。そういう意味に色々頂いた事がるんですがね。私もどうでもそういうおかげを頂けよというて神様が下さった。桂先生がどん腹叩いて、桂松平が言う事に間違いがあるかと仰るような、そのお取り次をなさったならです。
 久留米の石橋先生はもう、それこそ玉のような錦のような見事な、それこそ玉錦のような、どん腹の先生でおありになったと。甘木の親先生はそれとは反対に、少し見苦しかった。けれども矢張り生み出す事においては日本一の先生であったと言う事。私の場合には、矢張り同じどん腹が大きゅうてもです。昨日頂いた大黒様はもうえらいどん腹の大きい。どうもその親先生のどん腹によう似とるからちいうてから。所がそれは上ばっかり眺めとる大黒様のような感じなんですもんね。
 こう打出の小槌を振り上げてあるです。私の事を私の事をじゃない、私がそういう意味のおかげを頂け、そういう徳を受けよと。お金ならお金が必要なら、必要に応じて打ち出される。成程私はこのお金でが一番難儀をしとりますから、矢張りここではそういう系統の人が多いと言う事。だから椛目では皆さんが本気で、おかげ頂こうと言う事になりゃ、皆んなの一人一人がです、億万長者になれると言う事です。ですからその億万長者にならせて頂くためにです、折角億万の金を、皆さんが頂かれた時です。
 その億万の金はかえって身を滅ぼすような結果になってはならないと言う事が、神様の願いの中にあるのです。はあどうぞというたけん、大黒様がそんならお金を打ち出してやんなさった。所が途端にもうぽうっとなってしもうちから、さあその良か着物ばつくる、さあ家ば立派にする、さあおてがけさんのいっちょも、囲おうというごたる事になるための、私はおかげであってはならないと思われるからこそ、もうこの氏子にゃいくら与えても大丈夫というそれを見極めなさらなければ、私は神様はおかげ下さらんと。
 椛目はそういうおかげの頂けれる、いわばその特徴をもっておるけれども。只いきなりさんばちにやられるのじゃない。億万の徳を下さってもです、それが愈々おかげがおかげになって行く様なための、おかげしか下さらんのだと。どうでしょうか皆さんが今百万円欲しいと仰るから百万円貰われてです。その百万円を本当に神様に喜んで頂けれるような、おかげの頂けれる自信がおありになるでしょうか。まあだお金も貰わん先に、あぁあれも欲しいこれも欲しい、デパ―トまわって見てんなさいいっちょ。
 はあこの着物は良かね、こげなきもんばいっちょ買いたいねと。この道具は良かね、ああうちのテレビは、もういっちょ買いなおさにゃ、こげんとばいっちょ買いたいねと思いなさるようなことでは、まだまだ神様は下さらんです。もう与えたが最後すぐぱぁっとテレビ屋に走っていくでしょう。与えなさったら、そればもう、すぐパ―マ屋に行くでしょう。もうこれこそ、私共はもう本当におかげを頂きましてですね、もうデパ―トのどう言う所を見て廻ってもです。
 こりゃ良かのこれば家にいっちょ欲しいな、と思う事がありません。私はおかげを頂いてから。だから神様が私には下さると私は思うです。皆さんもご承知のようにあちらの御造営が始まってこのかた、もう小さい子供達まででも、五円の金でも自分の小遣いに使いませんうちの子供は。また私がやりもしません。家内達でもやつぱり、十円のお金でもここに貰いに来ます。まあお前もいっちょ小使いに金の千円二千円ないつも財布ん中に入れとけち。そういう緩い事では神様はおかげは下さらん。
 もう握って離さんこっちが。というてですこれが愈々生きる金だと。愈々これは神様に喜んで頂くというお金ならばです。そりゃ百万が二百万でもです、私はもうそれこそ喜んで出せれるおかげを頂いとるです。百万円二百万円じゃなりません。もし神様がお要りになるというならです。もう家蔵財産をもう一切をです、神様の前に投げ打てれる気持ちが、いつも私の心の中にあります。これは私が貰うたつじゃけんで、誰が何ちいうたっちゃ動かさんち言う様な事は無いです。
 その点私がここで申しますように、限りなく美しゅうなりましょうやと。だから美しいというのはです、ぱっぱっ使うと言う事じゃないて。ここぞという時には、使えるのが美しいのであって。いうなら反面は握って離さんと、御粗末御無礼のあるようなこつがあっちゃならんと、そう思ってかえってケガする、かえっておかげ落すような事があっちゃならん。と言う様なものが芯から根から出来た時です。
 おかげを受けられるのは。そこでです生神金光大神、天地金乃神一心に願え、おかげは和賀心にあり、自分の心の中に和らぎ賀ぶ心がある時にはです。有難いな勿体ないな、畏れ多い事だなあという内容なんです。和賀心というのは。有難い事が分かっただけじゃつまらん、勿体ない事だけが分かったっちゃつまらん、恐れ多いと言う事が分からにゃつまらん。ですから神様からお預かりしておる、例えばそのお金ならお金でもです。恐れ多くて使われないと言う事に成って来るのである。
 愈々の時には勿体ないを、それを添えて満足に出す事が出来るのである。昨日夜の御祈念の後に、あの末永さん達がいつも、今参って参りますね。四名で参ってみえるです朝晩参ってくる。それで昨日そこでもう下がってから話す中に、椛目にこうやって向うてきよると、この辺の地名には中々その意味深重な、何か曰くありげな、言われがありそうな所をずうっと通ってきます、とこういう訳なんですね。どう言う事かと私聞きましたら、先ず第一にあの善導寺と言う所が御座いますでしょう。
 善導寺のこっちには勿体島ちいうごたる所があるでしょう。椛目とか常持とか合楽もうあすこまで行くと、ここ幾つかのあのバスの停留所を思うと、何かこう曰くありげな、はぁあんたよかとこに気が付いたねえと私が申しました。こう言う様な例えば地名ひとつでもです。矢張りもう天地がもうそれこそいつ頃の事か分からんけれども、神ながらに名前がついているんだと。皆さんが善導されていきよる。よいお導きを頂きよる。段々お導き頂きよる中に心が勿体のうなってくる。勿体島に成って来る。
 そして愈々椛目じゃ。椛目というのは木偏に花が書いちゃる。木は心なんだ心の花を咲かせげ来る所と仰る椛目は。そういうものが出る所。そういう喜びを持ち続ける所が常持なんだ。常に持ち続ける。その喜びの心を和らぎ賀ぶ心をです、常に持ち続ける。そしてその先に合楽なんだ。お道の信心のいわばおかげの様相とでもいうか、唯おかげを頂いた百万長者になっただけじゃいかん。お道の信心はです。
 所謂合楽でなからなければ。神も助かり氏子も立ち行き、私が助かったと言う事が、私がおかげを受けると言う事は、そのまま神様も助かって下さるというものに、繋がってこなければならない。合楽なのだ同じ極楽でも、私一人極楽に行ったっちゃつまらん。神様も一緒に喜び合うて下さる。私が助かったと言う事は家内も助かる。私が助かったと言う事が親戚も助かる。私が助かったと言う事が、自分の周囲までおかげに成って来ると言う様なおかげに繋がっていかなければならない事を合楽と言う。
 本当にそういう意味合いで、成程善導寺から合楽までの、バスの停留所の地名を思うただけでも、何とはなしに不思議なものを感じん訳にゃいけん。そこに神の願いがあるのだと。良いお導きを頂かにゃいかん。勿体のうならにゃいかんいつも自分の心の中に、和らぎ賀びの花が咲かにゃいかん。その賀こびの花を一時的なものじゃいかん、それを持ち続けにゃいかん。そこに神も喜び氏子も喜ぶという。
 合楽的おかげになっていかにゃいけんのだ。はあそういういわれがあるとですか、というてから、夕べその事を話したんですけれど。ですからそう言う様な意味でです、私共が一心に願わして頂く事は、生神金光大神、天地金乃神一心に願え、おかげは和賀心にありと。ほんならどういう和賀心にならせて頂く事を、一心に願うけれどです、それを第一心に願ったり縋ったりしただけじゃでけん。そういうおかげを頂くために、只今私が拝読させて頂きました。御神誠なら御神誠のひとつでも。
 自分のものになっておるかどうかと言う事。同じ信心をさして頂くならです、そういう信心がいわば信心生活の中に、ちゃんと入っていかなければならん。それが自分のものにならなければいけん。天の恩を知りて地の恩を知らぬ事と。幼少の時を忘れて親に不幸の事と。と言った様なです信心が、自分の信心の内容にその培われていきよるでけていきよる。そういう例えば神様がこう言う事であっちゃならんぞと仰る様な事が。私の日常生活の中からなくなっていくと、改まられていくと。
 そこから私は和らぎ賀ぶ心というものは頂けれるとこう思う。そして矢張り椛目の特徴というか、もうこれはそれぞれの信心によってです。もうほかんこたともかくとして、もうお金の不自由だけは、したこたなかちいうごたる、いわば億万長者的の徳を皆さんが、銘々受けて貰わなければならんと私は思うです。而もそれが徳になって、私だけじゃない、子供に伝わり孫に伝わり、子子孫孫にそれが伝わって行く様な、お徳の基礎を今こそ皆さんは作らなきゃならない時だと、私は思うですね。
   どうぞ。